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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

無題

 先日、友人のレイヤーの特設サイトを作った話を書いたけれど、それを先日公開した。本人が非常に喜んでくれて作った自分もWebの仕事についている者として冥利につきる。クライアントから直接喜びの声を聞くことが何よりのカンフル剤だ。これを聞くことで落ち込んだ気持ちも、よしやってやろうじゃんって気持ちに舞い戻れる。

 ふと高校の頃の友人の名前を検索してみる。苗字は覚えているけど、下の名前なんだっけ、漢字はなんだっけみたいな感じで思い出しながらGoogleの入力フォームに文字を入れる。すると、噂に聞いていたとおり家具職人になっていることが分かった。ちょっと高級すぎてぼくに買えないレベルだったけど、元気でやっとるんだなぁと嬉しくなった。

 ぼくが彼らにできることはなんだろう。もうそろそろ30歳になる。色んなスキルを使って社会で生き延びている彼らに対してぼくが一緒に何かしたいって思った時に、ぼくから与えられるものはなんだろう。今の仕事を真摯にやらないとな。

 

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 Evernoteで2011年7月中頃からTwitterにつぶやいていることを貯めています。ふと2011年8月ごろってどんなこと言ってたかなー暑いとかかなって思って見てみたら、全く覚えてないアカウントとリプライを飛ばし合いしてたりしてた。現実に出会ってない人とのやりとりなんてほとんどあってないようなもんなんかなと、会えるときに会っておこう覚えてない自分に悲しくならないように。

 

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 昔のつぶやきを掘ってみると、あー確かにあの日あの時はこんなことやってたなーって出来事は覚えている。例えば3年前の今日は土曜日で、友だちと釣り堀で釣りをした後にガールズバーみたいなところに行ってた。でも、その微細な内容までは覚えてない。どういう話をしたかとか、何を口走ったかとか。そんなもんだ。

 

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 (略)…つまり「うんこしたい!」から「ここでうんこしといた方がいいな」という意識になってしまったら、それはもう大人の行為なのだ。