マレーグマの頭のなか

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子どもが産まれた

昨日、子どもが産まれた。新鮮なうちに出産当日の記憶を書いておく。

 

出産前日の11/25の15時頃、予定日は12/1だったが、臨月に入り週に一度の検診に行った妻から急に連絡が来た。「なんかいつ陣痛がきて、産まれてもおかしくないから入院する。準備してた鞄持ってきて」割と驚いた。初産のため遅れることはあっても早まることはそうそう無いと思っていたから。後で母親に「これがお産よ」と言われたが元マリナーズの岩隈が脳裏によぎった。

とりあえず、すぐに上司に今日は切り上げる連絡をして、財布だけもって病院まで駆けつけた。道中、歩いていると見たことのある景色が写った。昔住んでいた場所からそう遠くない病院なことにふと気づき、妻が足繁く通っていたのに自分は何も知らなかったんだなぁと。実は妊娠前に別の場所の同病院に行ったきり産婦人科には行けてなかった。それはコロナのせいで出入りに制限がかかっていたからだが、情勢的に仕方ないものの今まで行けてない申し訳なさとちょっとした気まずさで、少し小さくなりながら病院に入っていった。

 

数時間ぶりに会った妻ももちろん驚いていたようで、軽いパニックになりながらも、産休中にどんな選択肢になってもいい準備を妻がしていたので楽だった。とりあえず、注射が嫌いな妻をなだめ、出産用のもろもろが入った荷物を置き、家路についた。

 

当初、晩ご飯はもちろん一緒に食べる予定だった。週末に作りおきしてたロールキャベツが冷蔵庫に入って解凍待ちだったのを、僕は知っていた。二人分の四つを全て自分が食べることになるとは。寝る前に飼っている犬が見たいというのでテレビ電話をした。

妻は切る前に寂しくて泣いていた。明日の大役のプレッシャーだろう。結婚式はみんなから祝われる場として夫婦が主役って話を見たことはあるが、無事に終える結果が願われる場として出産は彼女しかできない本当の主役だ。誰にも挿げ替えることはできない。不安な夜を過ごすのは当然かもしれない。僕はいつもよりぐっすりと寝ることができた。

 

翌日、昼くらいに連絡が来るだろうと思っていたが朝9時に連絡があり、これから病院に来てと言われた。陣痛が夜間ずっと続いていたらしく、今朝方からずっと分娩室にいたそうだ。いつ産まれてもおかしくないって大袈裟じゃなかったんだなぁ、先生すごいなと感心した。仕事の仲間に連絡を入れて、病院に向かう。犬は何も知らずに遊べとおもちゃを持ってくる。ただ僕の焦りように気付いたのか、出かける準備をしてるときには距離を取りこっちを見ていた。

病院に着くと分娩室に案内された。分娩台や手術道具は全体的にピンクで、天井とモニターの画面に流れてる映像は青い不思議な空間だった。半日ぶりに会った妻は、朝から大嫌いな注射に耐え、すでに疲弊していたが僕の姿を見て少し安心したとつぶやいた。痛いのが嫌だと常々言っていたので、無痛分娩を選択していた。麻酔薬を通すために背中に管が通っている。陣痛の痛みと出産に伴う痛みの二つがダブルできたら気絶してたかも…と産んだ後に言っていたが、お金には代えられない選択ができたなと思う。

 

分娩室にいる男よりも無力な存在はない。先生たちにそこにいない存在として扱われ、かといってそれに対して何か抗うこともできない。ドラえもんの石ころ帽を被ったらだろう体験が味わえた。椅子と分娩台の間に絶妙な間があり、屈むか立つかを二択を迫られ、辛い体制を取り続けなければいけないのも、男のことを考えてないんだぞ、郷に入っては郷に従うのだよと言われてるように感じたし、それで合ってると思う。俺は脇役どころか石ころなのだから。

石ころも彼女が “いきむ” タイミングになったら仕事がある。いきみが伝わるように彼女の頭を股に向けさせるため、枕ごと頭を押す作業だ。何もやることがない夫を見てるだけにはせず、邪魔な場所にいたり動き回らないようにしなければならず、ただ彼女の尊厳ために股を見せるわけにはいかず(これでトラウマになってEDになる人もいるらしい)。そんな石ころには丁度いい仕事だった。いきむタイミングで枕を押す、いきむタイミングで枕を押す。繰り返す。妻の苦しみながら出産をしている姿を見てると「女は偉大だ。母は偉大だ」の尊敬の念以外浮かばない。一方、医者や助産師さんたちは意外と和気藹々とやっている。陣痛に苦しんでいた妻を横に「お昼何にする?」みたいな会話をしてて、俺が妻ならムッとしてたと思うけど、多分本人は陣痛と産道が広がる痛さでそれどころではなかったろう。そういうところがツマラナイ石ころたる所以だ。

出産も終盤に差し掛かり、途中中断も挟んだが、妻のいきみの頑張りもあり頭が見えてきたらしい。先生の「髪の毛も見えてきましたよー」の言葉に対し、僕も「あと少しじゃ、頑張れ」と声を掛けた。吸引するための用具も用意して、本当にあとほんの少し。先生が最後のいきみでおもむろにハサミでジョキジョキジョキと3回切った。会陰切開ってやつだと思うけど、絶対痛いはずなんだがそのまま進んでたのも驚いた。後から聞いたが、切られてるくらいの感覚だったらしい。脳内物質が土砂降りで痛みもなかったんだろう。先生の「最後!」って言葉と共に枕を押して、妻のいきむ姿を見て涙が出てきた。本当は髪の毛が見えてきましたよという言葉くらいから潤んでいた。

 

先生が何かが出たような仕草をしていた。すると赤くない青っぽい赤ちゃんが出てきて、大きな泣き声を上げていた。なんというか、この10ヶ月ずっと一緒にいた二人が初めて顔を突き合わせて出会う場面は何にも勝る喜びに見えた。二人に比べたら僕は最後まで石ころかもしれないとも思った。

赤ちゃんの検査をしたり、妻を言葉で労ったりした。僕は僕を最初から最後まで石ころに設定していたが、妻は「いてくれて良かった。一人じゃ頑張れなかったかもしれない」と言ってくれた。そこにある石ころでもええのかなとも思った。青っぽい赤ちゃんも、時間が経つにつれ赤っぽい赤ちゃんになっていった。産まれたては顔も浮腫んでるし猿みたいだよと聞いていた。猿だけど、他の猿より可愛い猿といったところだろうか。とても可愛い。

家路に着き、会社の手続きなどをして犬に報告した。犬はおもちゃを渡して遊べとせがんでくる。次はこの子達の対面だけど、果たして上手くいくんだろうかとすでに心配になっている。

 

こんな感じで出産当日を過ごした。自分とはなんなのかを考えた日でもあり、他人とどう関わるかを考えた日でもある。振り返ると不思議な一日だったように思う。

20200901

最近の話をすると、やることが固定化してきたように思う。一日のスケジュールはこうだ。

 

06:00 - 起きる
06:05 - 犬の散歩(ショートコース)
06:30 - 二度寝準備
07:30 - 二度寝
10:00 - 起床
10:10 - 午前仕事開始
12:30 - お昼ごはん
13:30 - 午後仕事開始
17:30 - 犬の散歩(ロングコース)
18:15 - 仕事開始
19:30 - 仕事終わり&夕食開始
21:00 - 夕食から見てるドラマが終わる
21:30 - 風呂入る
22:30 - 風呂から上がってネットを見る
24:00 - 寝る

 

こんな感じだ。リモートワークの弊害は生活の固着化のような気がする。家から外に出ること自体が毎秒サイコロを振るようなことで、何かしら分からないことが起こる。虫が襲ってくるかもしれないし、交差点から子供が飛び出してくるかもしれないし、急に友人からランチの誘いが来るかもしれない。そういう偶然が徐々に徐々に減っていく。家にいると、暑さを感じない部屋のなかで、犬が白目を剥いたまま膝の上で寝ているのを見ながら、PCに向かい合っている。エントロピーは時間に伴って増大していくのではなかったのか、僕の生活は徐々に収束しかけている。悪くない生活ではあるが、なんとなく、寂しい。

僕だけのエモ

今朝は6時前に一旦目が覚め、犬の散歩に行くか悩んでた末、妻が起きてトイレに行った余波で僕も起きることにした。毎日寝る前に翌朝の気温を調べている。25℃を上回る前のタイミングで散歩に出ないと暑いのだ。気温は暑くなくても、時間によって陽射しがヤバい。もう熱いを通り越して痛いまで行く。たった20分程度の散歩ですら、首筋がヒリヒリしてくる。背中が真っ黒な飼い犬は熱を吸収して、人間どころではないくらい暑く感じるだろう。

はずみで起きて、6時前の町を歩く。この時間は得も言われぬエモさがある。エモいって言葉は好きじゃないけど、この感覚を他の語句で正確に表現するのが難しい。エモいが一番しっくりきてしまう自らの語彙のなさにがっかりするが、大学時代を思い出してただただエモいのだ。

このくらいの時間だとまだだいぶ涼しい。昨日の夜の時点での「朝7時で29℃」という予報を見ていたので、思ったよりかなり涼しくて散歩も楽しい。朝日が斜めからオレンジ色で差し込む。ビーグルがまるでシェパードだなと思えるほど犬の影が長い。自分の影と目が合う。

6時前に目が覚めていて、脳が動いているなんて大学生のときが経験上ほとんど。起きたのではなく、起き続けて寝ていないという状態。居酒屋バイトの夜勤とか、親友と二人でカラオケオールした日とか、友人の家で徹マンしてコンビニで朝ごはん買ったりした朝とか。そういう無駄だったと言い切れることしか思い出せない。これは誰にもわからない僕だけのエモだ。

20200615

先週末、中学からの友人2人とオンライン飲みをした。彼らと出会ったのは、通っていた中学校ではなく、塾で出会った。市内に支部を何箇所か持つその塾で、僕らは競い合って上位に入れるように努力を重ねた。友だちであるが、同志の連帯感が未だにある。高校・大学に入ってからもたまに連絡を取ったり、ご飯を食べたりしていたが、いつのまにか30歳を超え、全員が結婚している。そんな仲間とオンラインで顔を突き合わせてワイワイできるのは本当に幸せなことだ。

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そのうちの一人、Mが、大学4年頃から各旅行先や出張先のマンホールを写真に収めることを趣味にしている。そんなことを趣味にしている人がいるとはたまに目にしていたが、実際に撮り貯めたマンホールたちを見てみると、凝っていて、足元にこんなに地元の良さを体現しようとした証みたいなのはあるもんだなと感心した。これからは注目してみるかーと思った矢先「俺たちって地理好きじゃん」と言った。

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僕は地理が好きで、センター試験では9割取ったと思う。地理の何が好きかと言えば、地理はパズルなのだ。地理的・気候的な条件によって歴史が作られ、その歴史的な条件から現在の様相が導き出される。それを予想して答えを書き記すのが地理なのだが、答えを導き出す思考過程がパズルのようで、僕はその快感が好きで地理を好むようになった。地理が好きな理由は、地理という科目自体の性質によるものだと思っていた。

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でも、「俺たちって地理好きじゃん」の一言でその認識は誤っていたんだなと分かった。僕はそのパズルをこいつらと出し合ってたのが楽しかったから、地理が好きになったんだなって思った。もし、社会や歴史でクイズを出しあっていたら、そっちが好きになっていたと思う。

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今お笑いが好きなのも、塾から帰ってきてから深夜に見た爆笑オンエアバトルを塾で共有できてたからだし、この頃好きだったことって未だに好きだなぁ。と、オンライン飲みをしながら、そのことを口に出すでもなく、いい気持ちになって一人淡々とジュースを飲んでた。