マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

パズルの教え方

子供にパズルを教えるのが難しい。パズルと言っても9 - 24ピースくらいの大したことないパズルで、もちろん普通の形をしている(キャラクターの形だったり日本地図みたいな固有の形をしているわけではない)。僕らはパッケージに描かれている絵と、ピースに描かれている絵の一部を照らし合わせて、この辺かなとパズルを組み上げていくのが通常のやり方だと思う。しかし、子供はパッケージの絵を認識できていないように感じる。なので、9とか16だとできるが、24ピースだと詰む。どうやってピースをくっつけて大きな絵にすればいいのか分かっていない。絵と同じところを探してみてと言っても、分からないと困った様子。ある程度までいけば、パズルを完成させることが目的なのでどんな手段を使っても完成させることが許されるが、この年齢(もうすぐ3歳)だと、完成させるまでのプロセスの方がずっと大事なので、完成しなくとも自力で閃かせたいとは思うものの、まぁそんな上手くはいかない。とりあえず、色で見ろとか、描かれた絵のオブジェクトに注目しろだとか、ヒントは与えるも、良く分からないことは分からないで済ませてしまうので途中でギブアップすることもしばしばある。どうすればいいのかは分からないが、根気よく親も付き合ってあげればなんとかなるのかなと思っている。これから、数字の概念や時計、ひらがな・カタカナ、漢字、正直まだ舌足らずなので発音など覚えるべき基本機能がまだまだたくさんある。日常生活に困らないような人間を育てなければならないという数十年掛かるプロジェクトの序章は困難な状態から幕を開けたと言っても過言ではない…。

20231020

家族全員が病気に罹っていてここ数日の生活が停滞している。

アデノウイルスが地域で流行っているらしく、子供らは毎日39℃まで熱が上がってしんどそうだ。これが5日間ほど続くのでたまったもんじゃない。親から子への感染はないらしいが、子から親の感染はあるらしい。これもたまったもんじゃない。熱が39℃を超えると、僕は解熱剤の座薬を入れる。御存知の通り、座薬は冷蔵保存で、体温で溶ける。子供の肛門を眺めていると、子供の頃、病気がちだったので座薬をよく入れていたなと思い出す。入れた後に屁をこいて怒られた記憶すら残っている。座薬を入れるのは結構テクニックがいる。親になったことによるリスキリング施策として座薬の入れ方を覚えたと言っても過言ではない。

記憶と画質

TwitterのニュースレターことRevueがイーロン・マスクの余波を受けて閉鎖するということで、ブログに書いてない記事をここに移す。久々の更新がこれなのは良くないけど、まぁいいだろう。今年も宜しく。

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映像の荒さすらも記憶そのものを示している。

僕はいま、調布に住んでいる。上京して初めて住んだ場所も調布だ。具体的には西調布駅の側の下石原という地区に住んでいた。2007年から四年間、電気通信大学という地名がついていない唯一の国立大学に通って、情報通信工学を勉強していた。

少し脚を伸ばせば畑や果樹が植わっている東京にしては田舎のそこは、広島の山の中から出てきた僕からしてみればちょうどいい環境だった。新宿から特急で15分でこんな気持ちが落ち着ける場所もあるもんだと18歳の僕は驚いた。

現在の調布駅付近

今では調布駅は地下化して、大きな広場ができていて、信じられないくらいに綺麗になっている。都市計画は安藤忠雄らしい。家電量販店もシネコンだってある。いつのまにか調布だけで暮らしていけるほど揃っていた。PARCOは未だに地下に八百屋や魚屋があったりと田舎臭さ満載(またそれがいい)なのだが、新宿から特急で15分で田舎についてしまう驚きはなくなってしまった。東京の恐ろしさは地続きで都会が続いていることだと思っているが、調布にも少しだけその根が伸びてきた。

そういえば、僕が初めて上京して、見たことのないPASMOというピンク色した交通系ICカードを窓口で購入したとき、調布駅は南北で分断されていて薄暗い地下通路を通らなければ縦断できなかった。南口の線路沿いはタクシーが何台も停まっていて暗い雰囲気が漂っていた。ちなみにPASMOが便利だったことは言うまでもない。

2000年中盤頃の調布駅 引用:http://ktymtskz.my.coocan.jp/f1/cyofu.htm

2000年中盤頃の調布駅 引用:http://ktymtskz.my.coocan.jp/f1/cyofu.htm

先日ふと、自分が大学に通っていた頃の調布付近の画像・映像を見たくなってGoogleで検索していると、地下から高架へ変わったあたりの駅が映った2008年の動画がYouTubeに存在した。

www.youtube.com

線路が地上に存在し、細く狭い道しかなかった。鳥を飼おうか悩んだ工藤優鳥園、明らかに高さが足りない黄色い中華料理屋。もう全て再開発でなくなってしまった。

まだiPhoneが普及していないので、きっとガラケーで撮られたその映像は、僕が知っている調布の映像だった。HD以下のその画質ですら、その当時の僕の記憶そのもののように感じられる。記憶をたどると、すでにあの頃は荒い画質で保存されていて、逆に荒い画質だからこそあの頃なんだと思わせられる。

大学卒業直前に盗まれた黄色いミニベロに乗って駆け回っていた調布は既に10年以上前の荒い映像の中にしか存在しない。今住んでいる地域だって、10年前は僕の知っているそこではないだろう。毎日の散歩で通っている道をきちんと今の画質で映像に収めることで、子供の成長と共に街の成長を楽しもうと思った。未来にはもっとリアルでそのままな画質の映像が見られるかもしれない。そう思うとテクノロジーの成長も楽しみである。

読書感想文: <効果的な利他主義>宣言!

なんかラノベみたいなタイトルだなと思いつつ。この本を、というかこのマッカスキルという著者を知ったのはクーリエ・ジャポンの記事を読んだことがきっかけだった。

この記事は、最も効率的に、今どきで言えばコスパの良く、人類に影響を与えられるのかを示している。

 

感想

利他主義だから人類に対する貢献ということなんだけど、対象が人類過ぎる。個人的には、人間という種族がこれ以上増えることは本当に必要なのか?と思ってたりもするので(かなり選民思想で、世界ランク上位だからこその話だけど)、日本人一人を救う金で最貧国の100人を救った方が価値があるというのは理屈は分かる。地球環境的にはどうなんよと思ったりするものの、言ってることは理解できる。

直接的な関与よりもお金を寄付してNPOのような機関に援助してもらう間接的な関与の方が救える母数が増えるので効果的であるというのを数字を示しながら非常に分かりやすく説明している。

ものすごく端的に言えば、どこかの子どもが心臓病で渡米して手術するのに数千万円掛かるので寄付してください!というクラウンドファンディングに金を出すよりも、アフリカの子どもたちの為にポリオワクチン打つために100円寄付した方が救える総数があるのでそっちでいいじゃんという考えだ。

まぁ思ったよりは面白くなかったけど、こういう考えも確かにあるよねという感じだった。

別の話

この本は3,300円するのだが、今回は買わずに図書館で借りた。カーリルという全国の図書館の在庫確認ができるサービスで、調べたら最寄りにあることが分かったので。自治体の図書館を借りるのは初めてだったけど、結構簡単に借りられるし、在庫も割とあるし、近所に支店みたいなのもあるので結構便利だなと思った。絵本も借りることができるようだけど、子どもがビリビリに破いたりしないか心配なのでそのへんは少し様子見しながらでいきたい。

2週間の期限だが、2日で読んでしまった。期限あるうちに読まないとなーって思ってるとなんだかんだ読み進めてしまう。こういう副次的な効能があるのも図書館で借りることのメリットかもしれない。

Gのレコンギスタ 劇場版5部作見た

Gのレコンギスタ 劇場版5部作を全て鑑賞しました。

土日の二日間で一気に見たので、まだ消化しきれないところもあるけど、なんとなく鑑賞して湧いてきたことを書く。

初期設定は富野監督が神なら?

Ⅳ、Ⅴの鑑賞の前に様々なインタビューを読んだ。大体似たようなことが書かれているが、最終的に子や孫のことを考えられるように作ったと締めている。

Gレコの世界では、スコード教という宗教がタブーを決め、それを地球に住む全ての人が守っている。中身はアグテック(農業と科学技術)を進めてはならない、天体観測をしてはならないとかそういうの。これ以上便利にして、経済活動してお金を回したって意味ないよという監督の主張。富野監督が考えた人類を縛る環境で、これをすればまぁなんとかなるんじゃない?ってことだと思う。大した根拠は無いが。

で、なんか普通のアニメだったらその教祖や教皇が狂っていて、私服を肥やそうとしてたり人類の滅亡を考えているから打破するとかだろうと思うけど、全ての戦略を担うトップは実際に数千年の時間を要して地球を再生させようとしていた。

結局はベルリなど主人公パーティも宗教の縛りに関しては最後は黙認してる。最初はお前たちは間違ってるんだ!ってなるのかなと思っていたので、少し驚いた。地球に石油や石炭などの燃料が枯渇してしまったために、この ”縛り” を受け入れる必要がどうしてもある必然性が最初の方から示されていたわけだが…。

じゃあなんのためにみんな戦っていたのというと、以下に続く…。

キャラの行動原理

キャラの行動原理が分からなくて気持ち悪い妻に相談した。

最も気持ち悪いのはジット団の隊長であるキア・ムベッキだ。ギム・ギンガナム的なラスボスかな?と思わせといて、すぐに死ぬ。何故なら、大切だと分かってるコロニーを自分で穴を開けてしまう。海の底に穴が空いたので、コロニーから海水が大量放出されヤバイヤバイと言いつつも、すぐに塞ぐことをせずに主人公を倒すために巨大モビルアーマーを出してきて戦ってく。そのうちに、穴から海の水が出てしまってコロニーの環境がヤバいことになるから俺のこのMAを使って塞ぐぞ!浸水して脱出できねぇ!死ぬ。みたいな流れだ。

これにはマジでビビった。団の長の隊長である人物がこれほどまでに ”今” に縛られて、感情に流されて生きてて大丈夫なの?と。穴を開けたのも、自分とMSがすごいから大丈夫だろうという過信が招いたものだとは思うけど、考えなし過ぎる…。

その他にも、色んな交戦があるけど、目の前の状況のみで手を組んだりするので敵味方がよく分からないことになる。

ファーストとの共通点

劇場から帰宅した後にファーストガンダムを見返してみるかと思って1話を見た。すると、同じようなことが起こっている。40年前と現在でも人間のやってることは変わんないよということだ。

ファーストでは偵察任務を受けたデニムとジーンがガンダムを見つける。で、ジーンは功を焦ってガンダムを爆破すれば戦果になるじゃんとザクに乗って意気揚々と行くが、偶然乗り込んだアムロに殺される。これもほぼ一緒で、”今” と感情に流された結果である。

死んだヤツの言うことを信じるな

キア・ムベッキが意味不明な行動をしたと書いたが、そいつの弔い合戦的な感じでジット団は地球へ向かった。死んだやつはもう目的・戦略の本当の意図をしゃべらない。そいつの遺志を継いだなんて言っても、間違っていることの方が多い。WIREDの元カルトの人も、指導者がいなくなると人生が崩壊して路頭に迷うと言っていたし、ジット団の団員はキアの意志を継ぐ以外はなかったのだろうが…。

ロボットに乗って戦争をするということ

最後のエピローグで、互いにMSに乗って殺し合いをしていたはずの二人が仲良さそうに話していた。同僚がその隣の男に殺されているのに?こんなこと現実でもありえるんだろうか。ロボットに乗るということは、刀で人を殺すよりも、銃で人を殺すよりも、もっと軽いのか。しょうがないと思えるのか、なんなのか…。

暇なやつがおもちゃで戦争をやる

ラライヤが「あの軍艦に乗ってる大人って、大きなおもちゃをもらってはしゃいでるんです」と言ったことがとても強く印象に残っている。
最終的な目的(地球を正常な環境に戻すこと)やその戦略(宗教の教義)を忘れた・知らない人たちの中で、金と権力と武力を持って退屈した奴ら地球側は宇宙へ、宇宙側は地球へと向かっている。
上に書いた「じゃあなんのためにみんな戦っていたのというと」の続きとしては、退屈だったから以外には僕は見当たらなかった。弔い合戦も暇じゃなかったらやらないだろうし、戦争によってキャピタル・タワーカシーバ・ミコシが壊れたりしたら地球は終わるって分かってるし、みんな世界を滅ぼそうとはしてなくて自分の退屈を紛らわす方法を探してるだけのように感じた。だからみんなその場の状況と感情に流されていく。

エルメスの薔薇の設計図を世にばらまいて、地球で戦艦やMSを作れるようにして、キャピタル・アーミィを作って軍拡したクンパ大佐も、結局自分でばらまいたのに「人類は絶滅してもいい動物だ」みたいなこと言ってたのも、最終的に状況が面白くなるように暇つぶしをしていたのでしかないのでは。

 

なんか今思い出せるのはこんな感じ。

僕がGのレコンギスタを見ようと思ったインタビューはこれ

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