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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

緊張はアストロノートで

雑記

 

宇宙飛行士の感覚がわかったかもしれない。

 

昨日、僕は新しい職場へ足を運んだ。一日特にすることがなかったが、いや、なかったといえば語弊があるけれど、「仕事」と呼べるものは一切なかった。何故ならば僕が動くことでお金が発生するものは一切なかったからだ。僕はパソコンの設定や業務で使いそうなアプリケーションのインストール、周りの人たちとのコミュニケーションなどをそつなくこなした。どちらかと言えば、これからの全てを円滑にするために、大きな大きな車輪に油を注入していたのかもしれない。これも、仕事といえば仕事だ。生憎、日頃の馴れ馴れしさと人見知りしない性格故に、溶けこむのはそこまで難しくなかった。それはもちろん周りの方々が優しい方ばかりだったことも大きな一つではある。

 

以前よりも一駅近くなった程度だけれど、気分的にはずっと楽になった。昨日、家に帰るとぐったりしてベッドに倒れこみ、風呂に入る気力もなく深い深い眠りについた。起きたのは朝7時だった。それから風呂に入って会社に再び向かった。昨夜は本当に何もできなかった。やるべきことはあったにも関わらず、身体がついていかなかったというのが正しいだろう。休ませてくれと悲鳴をあげていた。激しい運動などは全くしていなかったし、業務としても頭を使うことはしていなかったが、「緊張」によって疲弊していたようだ。新しい環境に身を置くというのはこういうことなのだと改めて感じた。今日の夜は、昨日よりはだいぶ楽になっていた。それでも帰ってから90分ほど睡眠をとった後にやるべきことを行っていた。

 

 

宇宙飛行士が宇宙に飛ぶ前に入念に数ヶ月もの時間を掛けて、仲間とのコミュニケーションをとる理由はやはり環境の変化における脳みその疲弊を避けたいからであろう。派遣社員として肉体労働をしていた頃のほうが疲弊が少なかったように思える。それはどうせ一日限りの仲間だからとコミュニケーションも適当に取れるし、肉体労働をやり続けるのでやることの忙しさに起伏が生じないからではないからだろうか。僕がこれから数年単位でお世話になる会社で下手なことはできないとか、口が悪い僕なので気分を害することを言わないかとか、単純に何か失敗をしないかとか不安なことはたくさんあった。それらを一身に受けるのは肉体ではなく精神、つまり脳みそなのだから家に帰ったら安堵で緊張が緩んでしまったんだろう。もうだいぶ慣れたし、明日からは業務に組み込まれる予定なので無重力状態になれた宇宙飛行士が船外活動をする頃だろう。歴史に名を残すことは、これから始まる。