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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

労働讃歌

雑記 オムニバス 妄想

 

「ポエム」

日が沈んだら寝て、日が昇ったら起きる生活したい。

日はカーテンで遮光され、闇は蛍光灯で白く明るく照らされる。影は、テーブルの上の綿棒が入ったカップのそばに薄らかに、しかし微動だにせずにそこにあった。

 

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「ラスボスにも思い入れを」

ラスボスはぽっと出のやつだとすごく萎える。

序盤もしくは中盤辺りに登場し、禍根を残し、因縁を断つってお決まりのパターンが一番しっくりくる。

 

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「困ったこと」

僕が小学生のときとはうってかわって、地面が土じゃなくなってしまったので、困ったときにつまさきでメモをとれなくなってしまった。

 

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「働くってこと」

いぬじんさん(id:inujin) が働くってことについておしゃべりしてた。それを僕は聞き耳立ててた。今月に現状の職場を退職し、来月に新しい職場で働く立場の僕が「自分にとって働くってなんじゃろー」って考える。いぬじんさんと同じく、2014年は働くとか生きるとかを考えよっかなーって思ってたので実は割りといい機会なのかもしれない。

 

働くことって、やっぱりお金だと思う。つまんないことかもしれないけれど、やっぱりそうだと思う。そこは揺るぎない。25歳くらいで「これしかできないから…不器用ですから…」みたいなこと言ってたら鼻で笑われちゃいますねん。

っちゅーか、ホンマは2020年頃には人間は働かなくても良い世の中になってて欲しいもん。みんな好きな創作活動なり怠惰な生活してたら良いと思う。働きたけりゃ働けばいいってのが一番健全だと思ってる。だから、敢えて働くことを水に溶いてぼかして考えたい。

 

ぼかした「働くこと」をすくってあげて、働くってことはお金につながる全てのことだと考えれば、全ての人間的、物質的繋がりが僕にとって働くことになる。嫌らしく聞こえるかもしれないけれど、繋がりは未来にお金につながるかもしれない。仕事の仕方って値段云々ってのもあるけど、この人だったら希望通りのものを提供してくれると、それでその期待に応えることの対価としてのお金である。働くことは全ての繋がりの綱引きを楽しむことだ。定期的に、毎月25日に入ってくる給料でやってる仕事も、月に何度か一緒に飲んでいる奴らと割り勘で出て行くお金も、結局は未来に一緒に働くための綱引きだ。

 

 

僕の大好きな言葉に「人間囃されたら踊れ」がある。これは、簡単に言えば、誰かに誘われたりお呼ばれした時にちゃんとその期待に応えよということである。聞いた時は立川談志さんの言葉だと聞いたが、実際はその師である紀伊國屋書店の創業者である田辺茂一の言葉である。僕はこの言葉をモットーに生きている。

いぬじんさんは自分へのメタファーとして「参加すること」と書いていた。それはまさにこの言葉のことなんじゃないかと勝手に思っている。じわぁっときた。しかし、僕といぬじんさんとの間には大きな差があると思う。参加したときに相手に与える影響の大きさがあるのではと。そんなことは受ける側の話だから、人それぞれ、ホントは気にする必要はないんだけどね。

 

 

だから今年の働くってことは、「期待されるようになる」にしようと思う。新しい職場、Twitterの友人たち、リアルの大事な友人たち、ブログを読んでくれてる方々…いろんな人に期待されたい。こいつならなんかやってくれるって。いぬじんさんだけを目標にするわけじゃないけれど、その差を違うベクトルだろうが埋められるように努力したい。それを仕事に求めてもいいんじゃないかな。マレーグマさんに会ったらば「お、最近何かない?」って言われるよな、いつもいつまでも何かあるんじゃないかって思われる人になりたい。そのための努力なら惜しみなくするよ、たぶんね。