読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

話の色

雑記

ひょっとして、いや、そうか。

 

 ローコンテキスト、文脈を共有できてない人に対して話すことって非常に難しいことなんだと再認識させられる。自分にとっての当たり前が他人のハズレ後ろというか、そういう体験を久々にした。

 

 例えば自己紹介はどこから説明すればいいのか、今やっていることか、社会人になってからのことか、高校でやってたことなのか、中学生の頃の話なのかという話題選定。前に出て喋ってって言われたとき、何を判断基準に話題を紡ぐのか。時間か聴衆のパーソナリティかその会の目的か、はてさて。自分が毎日毎日街ですれ違っている人々の好きな映画も知らないし、学生時代どんなことをしていたのかも知らないし、というか話もしたこともないわ。相手が自分のことを興味持っていたらなんでもいいんだろう。寝る前に歯を磨くとかの癖に近い話でも盛り上がるのかもしれない。でも、もしも相手が自分に興味無かったら?どうする。俺は相手を振り向かせるような面白い話題を持っているのか。万人共通で面白いと思ってくれるようなものが世の中には有るだろうか。文化や生き方が違うのにそれが通用するのだろうか。

 

 相手が何を聞きたがっているかというのは虚空から引っ張ってくるわけではない。無色透明に見える人から色を見つけてそれをつつく。本来はどこか仕草や雰囲気から読み取るべきものなのだけれど。最近はスキャン機能がヘタっているのかもしれない。ある種、Twitterでのジャーゴンでの会話のせいかもしれない。Aと来たらB、Cと来たらDのような決まりきった動き方をよくしている。ああ、アカンな。いや、むしろTwitterのような仕草が見えないところで戦うためにはどうすればいいのか。いや、むしろフォロー・フォロワーの関係であれば相手は既に自分に興味があるといえるから楽だろう。適当な人に対してリプライを飛ばせるだろうか。ありゃ、なんだろう、テレクラとかナンパでうまい事ひっかけられるかどうかのような話かもしれない。あれか、はてなでよく書かれていたナンパしろってことか。いやでもアレって話し手のプライバシーの切り売りは全くしてない、コールドリーディング的な手法だもんな。うーん、話をするってこんなに難しいことだったっけか。確かに学校とかだと同じ境遇である可能性が高いもんな。微細な部分は違いがあれど。

コンテキストが違う人の方が多いのに、相手の優しさに甘えていたのかもしれないな。