マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

気持ちいいことをすること

 

 

クソな記事ばかり羅列しているけど、自分が気持ち良いから続けていられる。

 

 

 

一旦休憩。閑話休題のための閑話をしたい。

真剣に一つのことを考えると本当に疲れる。

だからダラダラとアウトプットするだけで気持ち良くなれる。

推敲もなしでこの記事はアップロードボタンが押されるだろう…。

 

もしも自分がこのブログをTwitterFacebook にリンクを貼って、

「ねぇねぇ!こんないいこと書いたよ!みんな見て見て!」

みたいなことをしてて一日あたりのPVが1とか多くて5とかだったら

瞬速でこのブログを畳んで、紙なら破り捨てて、PCだったら外に投げ捨ててる。

 

このブログに対しては、周りの人間には見られたくない内容を書き続けているから

PV数が1とかでも大丈夫。孤独に浸るためにこのブログを書いている。

自分が外を、見られることを気にしていたら精神が病んでるだろうな。

周囲に見られることを逆に恐れている。とはいえ、私生活もあまり変わりないのだが。

 

 

SNS が発達したことでみんなが「繋がりたい症候群」を患っている。

こんなに簡単に友達や趣味が似てる人、気になる人、知らない人、

芸能人、中国人やはたまたコンゴの人まで繋がれるのだから。

彼らの行動を簡単に追える。見られる。いいね!って言える。

 

しかし、本当にそれが必要なのだろうかとも思う。

 

……なーんて議論はそこらじゅうでされまくりんぐなのでいいや。

”今は”必要とされてるから存在してるんだろ、いらんかったら流行っとらん。

でも、見られることを意識しすぎ!って思う。

 

個人的にはもっとつまんないことを長々と書いてくれたら僕は嬉しいのさ。

みーんな発信できる世の中になったからつまることばっかりでつまんない。

なのになんか、みーんな誰かにとって嬉しいことや楽しくなることをしなくちゃ

って意識が強すぎる気がする。素人のくせに!ばーかばーか。

 

もっと自分が気持ちいいことしようよ。

そしたら続くからさ。

ってなんかやらしい感じするけど。