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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

蓋された欲

 娘の誕生日に手作りのおもちゃ ― ちょっとしたプリンターのようなもの ― を送っていた父親のブログが僕のタイムラインに流れてきた。ほれほれと読んでいると、5歳の娘から「これこれこういうものが欲しい」という要望から受注を受けて、作ったそうだ。その光景を見ていると、なんとなく今の自分に対して、いや、これまでの自分の ”欲” の無さに対する意識の欠如が何故だか理解できた気がする。

 というのも、僕は両親から「これがほしい」と要望通りのものをもらった記憶がない。誕生日もクリスマスもプレゼントをもらった喜びはあれど、どこか失望というか残念さを持っていた。「コレジャナイのにな」と、そう記憶している。小学生の中学年になるまで、つまりお年玉やお祝いを貯めて自分で好きなものを買えるようになるまで、僕は本当に欲しいものを手に入れられなかった。どこか「コレジャナイ」というものが僕の周りに積み重なっていった。

 30手前になってこんなことを言うのも情けないが、”欲” は抑圧されると自分が本当に欲しいものを見失ってしまうのではないだろうか。気付いてしまったことに三つ子の魂百までなんて言いたくはないから、過去に蓋をしてしまったものに対してなんとかこじ開けられるバールのようなものを側に置いておこう。