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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

ふりかえり

 こういう考えを持ったのは、誰が言ったか「三つ子の魂百まで」それ曰く記憶が芽生える小さな頃からではなかった。日々の生活で醸造されてきたものだった。あの時全能感を持ったままに過ごしていくうちに何かのはずみで自分は ”そうでもない人” だと気付き、そう勝手に思い込んで、その気持ちが段々と強くなっていったからだ。普通の人で、普通の生活をしたいと。

 

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 今日で、今年のお仕事は終わり。この一年は充電期間のようなもので、仕事らしい仕事はしてなかったように思う。去年がバタバタと忙しかったとも言える。それが良かったのか、悪かったのか。この20代の終わりを迎えるの貴重な時間を無益に過ごしたのか。はたまた人生の夏休みとも言われうる大学時代の如き楽しさを享受して、華を添えられたのかは、いつか後悔したときに振り返って気付くことになると思う。

 

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 自分に ”欲” が足りないことを、この一年は実感した。毎日のように定時で家に帰ってもやることは特に無かった。無いなら無いで、何かをするわけでもなく寝ていた。僕はひょっとしたら人間以外の動物かもしれないと何度も思った。結局きっかけもなく今年も年末まで流れてしまった。

 まるで漂流者だ。だだっ広い海の上をイカダで漂流して、何か変化を求めて彷徨っている。時間という波に揺られている。決してこちらから無人島を探しに行くわけではない。ゆらゆら流れていくウチに、雨が降ったり、波が立ったり、ウミネコが自由に飛んでいるのを眺めて「お前はいいなぁ、どこにでも行けてさ」なんてつぶやいているだけだ。たまに並走する瓶の中に便りが入ってたりして、それを読んで喜んでいた。

 ”欲” は何かをするためのガソリンで、それが入ってないとガス欠で前に進むことができない。いくら優秀なエンジンで新品のタイヤを履いていてもガソリンがないとダメなんだ。最近はハイブリッドで電気で動く自動車もあるけど、”欲” だけじゃない別の動機で動ける人はもっと強いと思う。多分信念とかそういうものだろう。世界平和を実現するためには欲だけでは難しいから。

 爪の間に挟まった土をほじくり返すように、たまに痛い思いをしつつ簡単に振り返った。来年は欲を出していかないとな。