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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

この世界の片隅に を観た。

 この世界の片隅にはせっかくだからテアトル新宿で観ようと思ったんだけど、池袋HUMAXで観た。字幕付でした。

 僕は広島市出身で。冒頭の川筋と産業奨励館(現在の原爆ドーム)、おそらく福屋のよく見たことのある建物、ちょっと過剰なまでの広島弁を見て聞いてつねに胸が熱かった。呉にも訪れたことがあったので今とは全く違う町並みですが灰ヶ峰から見える風景を見て、あの景色は今も変わらずあそこにあるんよねと自分の中の記憶と照らし合わせていた。

 テンポよく進むコメディとすずの可愛らしさが相まって、劇場では度々笑い声が起こっていて、僕もすずの目が「ヲ」みたいな形になる度に笑いと萌えのような感情が湧き上がった。可愛いな可愛いなと。そして仕草だけでなく、のんさんの演技力と声に魅力を感じた。また何かの役で声を当ててほしい。あまり演技について見識はないけど彼女は天才だと思う。のんの顔ではなくすずがそこにいるように僕には感じた。

 のんは何かの闘争に巻き込まれた渦中にいる。本人が悪いのか悪い大人がいたのかは知らないが、メディアから干されただの何らかの力が働く場にいる。それがある意味すずと重なって強く抑えなければいけない苦しさが強調されているように感じた。彼女にとって女優として生きることは戦争下で生きることと変わらないのではないだろうか。

 コトリンゴのOPもEDも良かった。OPは多分これから聞く度に涙が浮かんでくるだろう。ああいう曲に僕はめっきり弱くなってしまったようだ。フォーク・クルセダーズのカバーと知らなかったけど、原曲も両方良い。

 

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 原作は未読なんだけど、多分普通の人たちは情報量が多いことに追加して方言で何を言っているかニュアンスでしか分からずに大変だったでしょう。僕も字幕が無ければ「新な傘」などの言葉に対してははてなマークが出ていたと思う。しかし、分からない言葉が出てくる間はだいたい日常なんですよね。ディテールに凝れるうちは辛くても幸せなんだと。

 原作を買ってちゃんと読んでから、もう一度映画を観に行くなりブルーレイを買って見るなりしようと思う。火垂るの墓が何度も夏にやるように、毎年感じることを確認してもいいかもしれない。観た後は充電する期間が必要だけど。

 

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 広島県人は小さい頃から戦争経験者を呼んで平和学習をしたり平和資料館に行ったりと戦争についての学習をしている。おそらく他県よりもずっと平和について考えるきっかけがあったはずだ。”はだしのゲン”や”ちいちゃんの影送り”などの親しみやすいもので「戦争は良くないものだ、だからしてはいけない」というある種の刷り込みや洗脳をしている。これだとなんとなく言い方は良くないけど、戦争は一意に悪い行為だからまぁ仕方ない。

 ”この世界の片隅に”は、これまでに見てきた色々な平和学習用の映像とは違っていたと思う。大体が原爆を落とされた広島の以前以後を切り取った描写が多く、なかなかに政治的なものが多かった。この作品は政治的なものを排除した、一人の女性の暮らしを描いたものだ。いや、すずだけじゃなく、銃後の女性かもしれない。理不尽なことも多く、男尊女卑や嫁いびりなどの描写もその時代の当たり前として描かれているが、それが当たり前だったから仕方がないとしてすずが日々を楽しく生きるかということにフォーカスを当てていた。呉が空襲を受けるまでは、もっと言うと、戦争が終わるまでは。多分平和学習では子供にとっては分かりづらいので使われないだろう。

 ただ大人が見る分には、影響を与えそうな映画だなと感じる。現代でも日本の在留米軍が撤退するとかしないとか、中国が領海侵犯してるとか、第三次世界大戦が起こるとか、日本は戦争に参加するのか云々とか言われているところがあるけれど、そんなのは只の情報であってそれを背負ってマクロな視点でぼくらは生きていない。実際に身に降りかかることは少なく、他人事だと思って生きている。戦争に行くのだって自衛隊が派遣される程度にしか考えてないだろう。

 みんながみんなすずと同じ立場。銃後の人々で居続けるつもりだろう。戦争が起きたら個人はなくなり、全体として生きるざるを得ないだろう。感情は抑圧され、やりたくないことをやらされる。そして自分も誰かを抑圧する。映画では戦争終了後に戦争が終わったことに対し、周りは「おわったおわった」みたいに軽くあしらっていたけれど、すずだけが「まだ5人おるじゃろうが!なんで簡単に終われるんじゃ!」と激昂していた。すずにだって絵を描いたり水原とデートしたりお兄ちゃんと仲良くしたり海苔漉きだったりやりたいことが本当は死ぬほどあっただろう、でも”そういう時代”に生きている。知らないところに嫁に出されいびられハゲになって好きな絵も描けなくなって、でもそれは誰に対する責任でもなくて怒りや苦しみを訴えるやり場がなくても”そういう時代”だったただそれだけだった。

 でもそんな時代に生きたいですか、とは安直に問わないのが観てる自分には救いだった。誰だって、戦争を経験してない僕らだって戦争が良くないことだなんて当たり前に分かってる。あからさまな反戦映画として描かれてなくたって、戦争と戦う、戦争に抗う術がちゃんとある。大人になったら当事者だ。

 

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 ここ2年ほど生きることが日々つらくて、どうしようもないモヤモヤを抱えたまま生活をしていた。この映画で元気をもらうことはおかしなことかもしれないけど、生きなくてはいけない気力はもらった気がした。