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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

その茶色は工事中のビルヂング

 目薬を指すことに失敗して目の周りに水滴を多く垂らした方が何故か効いてるような気がしてならない。

 

 これまで自分が考えてきたことは、この社会と歴史の上に乗っかっている考え方なんだなと改めて哲学書や誰かのエッセイを読んで感じる。新しいことなんていうものはポッと出てくるものではないし、大抵そんなものは2000年以上の歴史で誰かもっと頭のいい人が考えついている。ただ、誰かが似たようなことを思ったんだなという安心感が、自分を包む。

 

 最近は、ぼくは思ってたよりも随分とデザインには興味ないんだなって気付き始めた。デザイン的にキレイなものや整頓されたものに触れるのは確かに気持ちがよいものだし、どちらかといえばその方がよい。芸術の文脈からデザインがあることを知った人間なので、やはり芸術の方が好きなんだなと感じる場面の方が年齢を重ねる度に思う。デザインはぼくにとってはだいぶ窮屈でしんどい。芸術の方が広義ではしんどいんだが、狭義では器が広い。デザインのその器の狭さが常々しんどさを加速させている。

 

 弟子が師匠を超えるためには、師匠を見て業を盗むことが正解なのではない。師匠に憑依し、どのような気持ちを持ってそれを行っているのか。そして自分でそれを一から十まで再現することに意味がある。最終的には身体的な再現ではなく、精神的なものの再現が最も重要で最も尊いものである。