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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

うにの量

 うに100gってどれくらいの量?

 って聞いた時に「0.1kgだろ」みたいなことを言われて、「いやちゃうねん。はーつっかえ」みたいな気持ちになったんですけど、そもそも重さと量は違うじゃん!面白いことを言ったつもりなのかもしれないけど、そんなことは分かってるよ!俺だって一応四大卒だよ!センター試験で数学が一番悪かったけどそれくらい分かるよ!物理は二番目に悪かったよ!でも理系大学だよ!よくある引っ掛け問題で「羽毛1kgと鉄1kgどっちが重い?」てのがあるけど、あれってどっちも同じだから答えとしては「同じ重さ」ってのが正しいですよね。けど、量は色々あるわけで。羽毛1kgも圧縮しちゃえばすごく小さな体積で1kgが再現できるし、鉄もめちゃくちゃに引き延ばせば大きい体積で1kgになるわけ。別に体積の話をしてるわけでもないんだけどさ。つまり最初の質問で重さを言うことはちゃんちゃらおかしいの。

 んで、結局自分が聞きたかった答えはどんなもんなんかっていうと「ウニ丼にしたときに100gだと丼の表面に埋もれるくらいが二杯分かなー」とか「一つの殻に入ってるウニが30gくらいなんだよね」みたいな回答が欲しいわけ。でも、前者は分かるけど、後者はよくわからない。しかし正しい答えをしてるわけで、ひょっとしたら漁師の人なら分かるかもしれない。だけど僕は消費者だから前者の食べる方でしか量が分からない。みたいなことを考えていたときに閃いた「そうか、量ってのは互いの了承を得た相対的な大きさや重さなんだよな、なるほどね。こんにちは」と。量ってのは自分から他者、または自分から自分への了解なんだと。いつだったか量感が五感の他に人間に備わっている感覚であるというニュースがあったような記憶がある。それは視覚や触覚から対象の質量がどの程度なのかを把握できる感覚だと。その感覚が鋭敏な人はきっとクロッキーやデッサンが上手なんだろうね。その量感、そこにある感覚、現実感立体感を表現することがデッサンの本質の一部と言ってもいいし。相手のバックグラウンドを把握してどのような「例え」を出せるかどうかも一つの量感なのかもしれないですね。