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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

自立歩行型の個性

wired.jp

 

 読んだ。

 日本人は大体高校生あたりで算数・数学ができる人間とそうでない人間に分けられる。ぼくは大学が理系大学だったこともあり、数学ができていた方の半分の人間に属するだろう。今から頑張って勉強しても、たいていの大学に受かるくらいの気持ちでいる(実際にできるかどうかはわからんが)。とはいっても別に数学を専門に学んできたわけじゃないし、この物語(事実だが敢えて物語と呼ぶ)を読んで数学ってすげぇな!って思ったわけじゃない。どうでもいいディテールの方に目がいってしまった。それはこの物語の登場人物の個性に惹かれたからだ。

 何を物語と呼ぶのかは各々に帰属する問題だが、その人が惹かれてしまったお話はだいたい物語と呼んでも差し支えないのではないだろうか。物語を構成する重要な要素に登場人物がある。キャラクターが魅力的でないと物語は映えない。この数学を巡る物語の登場人物は個性が強すぎる。19歳で海外の大学を卒業しているはずなのに日本国外へ出て行かない教授、名前までどこかの小説の主人公のようだ。その弟子は刃物が嫌いでヒゲを剃らず袴を毎日着ているらしい。そしてモブたち。我々からしてみれば素晴らしい頭脳を持っているはずの数学者がモブだ。主人公の頭脳にまるでついていけてないらしい。

 やはり人間として生きる上で、ぼくは主人公でありたい。あるべきだ。例え自由意志なんてものが世の中に存在していないと証明されていたとしても、ありあまるモブであってはいけない。自分が行った小さき事象が大きな現象を産んだと信じたい。だからこそ、そういう風に取り繕うべきだ。まずはこだわりをもち、取り繕うべきだ。強烈な個性はキャラクターとなり、ひとりでに歩みを進めて物語を紡ぐ。さすれば誰かにとって魅力的な人間になっている、と思う。少なくとも僕は惹かれてしまう。それが火だとしても。