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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

中空に放つ

 昨日、いわゆる素人、一般人の配信を久々に見た。カメラはオフにしてあり顔が見えなかったのでラジオを聴くリスナーの感覚でパソコンを枕の横に置いて寝転がっていた。聞いていくうちに、あまり面白くないなと感じた。話の内容はとりとめないし、滑舌がそこまでよくはなく聞き取りづらい部分もあった。それよりなによりも言葉遣いが汚いので内容が入る前に一歩引いてしまう自分がそこにいた。寝転がっているから物理的にはできないはずだけど、多分反射的に寝返り打ってたかなんかはしてそうだ。

 やや、全く持って言葉遣いを丁寧にしていかなければ行けないなと自分を振り返って反省をして、ちょっとずつ一言一言をちゃんと考えるようにした。何かとりとめのないことを書くにしても、推敲して助詞の使い方が間違っていないかをチェックしたり、最も分かりやすい語順で文章が組み立てられているかとか。

 物質・肉体的な自分とは別に、精神的…というか人それぞれが持つ「わたし」の像は僕が外的に発する「はなす」という行為から作られている。筆触の構造という本の一部引用を、読んだ。会話でのコミュニケーションであったり、身振り手振りなど意識を中空に放つような表現から生まれている。とそう書かれていた。中空に放ったそれは僕のコントロール下から離れてしまう。人間世界では重力や摩擦力があるから地面に落ちたり、すり減ったりして消えていくけれど、それは人の記憶の中に残ってしまう。残るものに対してもっと意識していかないといけないなと。それであればまずは言葉遣いと綺麗な文章を心がけねばとそう思っているわけであります。