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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

本文はおかず

雑記

 

 本を読む。仕事が忙しくない日はなるべく、定時付近で退社し、喫茶店に導かれるようにふらりと入る。そして、本を2時間ほど読んで、帰る。結局のところ、自宅に帰ってもやることがなく、やる気もないというだけなのだが。

 雑誌やムックタイプの本は読みづらくないでしょうか。本文以外に情報が多すぎて、目移りしたり、本文が縦書がなのに何故かサブは横書きになってたりして。米印で補足してあったりして、それが本文をぶっ飛ばした巻末にあったり。その情報はどのタイミングで見ればええんじゃ!というもどかしい気持ちになって、結局本文だけを読んで、次の話に移行する。

 うー、こういう読み方でもいいんだろうけど、何か腑に落ちない。あれだあれ、ご飯をちゃんと三角食べしなければいけないやつだ。僕は三角食べが苦手だ。やろうとはしているんだけど、結局おかずウメーご飯ウメーってなっちゃう。そのせいで子供の頃はご飯を食べるタイミングが分からなかった。おかずは全滅、茶碗にはこんもりと余ったご飯。だからふりかけとかで食べたりするんだけど、このご飯というやつは何がいいんだろうと今でも実は思っている。ご飯だけで食べて美味しいというのはわかるんだけど、おかずと口内調味してうめぇというのが理解できていない。いや、できるけど、それがおかずオンリーで食べた時とご飯オンリーで食べた時の味を凌駕しているのかというと甚だ疑問である。日本人の99%が美味しいと思っているやり方(当社比)だから、まぁそうなんだろうけど、未だにだからなんだろうという気持ちだ。焼き魚とかは、まぁなんとなくわかるけど。何でもかんでもご飯と混ぜるのはおかしいと思ってる。なんでこんな話してるんだろ。本文がおかずだとして、そのサブであるご飯という気持ちなのかもしれない。ひょっとして、この事象の主従関係を皆々様とは逆に考えているのかもしれない。本文がごはんでサブがおかず?ごはんそんなに食べないでしょ。江戸時代とかじゃあるまいし。この21世紀、食べるご飯の量よりもおかずの方が絶対多いでしょ。それなのにその茶碗に盛られた白い炭水化物を主食というのか。