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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

8月の日記

 

 この一ヶ月間ほどのことでもダラダラと書き綴ろう。とはいえ、これは個人の日記であって、誰に向けて書いたものでもない。強いて言うならば、いつも言っている通り、未来の自分へ向けての手紙だ。

 

 2015年8月は忙しかった。この一言で端的に表せると言ってもいい。7月、いや、6月の頭時点で既に忙しいことが確定していた。そして予想を上回るコミットメントの濃度を要求されたことにも起因して、毎日終電だった。こういう生活は思い返すとあまりしたことないのだけれど、振り返ることができないほどに記憶に定着してないことが沢山あるなと思う。たった一週間前のご飯のメニューを思い出せない。ていうか、実際にその日に何をしたのかも思い出せない。似たような日々を送っていたからだろう。そういう意味でもあまりいい生活ではないなと思う。たまに、たまに二郎を食べる感覚だ。これが癖になってきたらお腹に脂肪がたまって、今後の生活に不利がでてくる。

 

 終電まで働いていたことは、別に、多少なりは望んでいたことだから問題はない。これが毎日毎日続くのは個人的にはキツいのでやりたくないが、やっぱり仕事にはメリハリが欲しいので年に3回くらいはこういう仕事の仕方をしても僕はいいと思う。給与交渉にも利用できるし、体調を崩したりプライベートに危害がなければ、悪いことばかりではない。まぁ、ただ、僕の周りの人たちは僕よりも長く働いている人もいて、彼ら彼女らにはゆっくりと休んでもらいたいという思いでいっぱいなのだが。

 

 この2ヶ月程度で何かパワーアップできただろうか。コーディングのスキルだけでも上がっただろうか。感覚が鋭敏になっただろうか。想像がつくようになっただろうか。螺旋状にパワーアップしていくスキルが本当に出来るようになった感覚を掴むまでに月単位、年単位でかかったりするから今はまだ把握できてない。この記事を読み返している自分はどうだろうか。まだまだと鼻で笑っているだろか。

 

 五輪のエンブレムの問題もあった。内容については詳しいのがインターネットというところに落ちているから拾って食べてみればいい。自分のことのように辛かった。共感するわけではない。

 それで感じたことがいくつかある。最も感じたのは、私刑がみんな好きなんだなということだ。彼らは悪いことをした人に対してならどんな石を投げてもいいと思っている。確かに僕もなんらかのイベントに乗っかって誰かを叩くことはある。大抵は好き嫌いの評価を言って終わりだ。そうでない場合、乗っていると途中から酔って気持ち悪くなってその列車から降りるんだけれど、叩くことに酔ってそれが気持ちよくなってそのままの調子で叩き続けている人が大勢いる。それが年齢や性別に関わらない。酷い世の中だと感じるし、そのままの世界で少なくとも僕は生きたくはない。どう思ってるんだろうか。子供にその姿を見せられるんだろうか。まぁもう手遅れだろうが。どんな媒体にもそういう人がいて、見たくなくてもタイトルだけでも見えてしまう。下品だ。気持ち悪い。自分だけでもそうでない人間であるように努力しよう。