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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

独り言と足枷

 芸人の又吉さんが芥川賞を取ったそうだ。僕が時事ネタを取り扱うことは珍しいので何事かと自分でも起こっているんだけれど、記者会見などのニュースをチラチラと見ているとこんなことが書いてあった。

 

Q:小さい頃から自分の頭の中に独り言があふれていると聞いた。お笑いのライブもしながらどこかに残っているものが文章になると言っていたが、残っているものと「独り言」と関係がありますか。

 

散歩しながら走ったりしているときに頭の中にことばが出てくるんですけれど、なんでもないことなんですけれども、そこから文章を書いたりすることはよくありますね。

 

 

 これを読んで、ああ、そういえば僕も独り言が多い人間だったということを思い出した。

僕の家は山を切り出して作った団地のてっぺん辺りにあった。小学校がその中腹より下にあったことや、友達の家が小学校の周りに住んでいることもあり、友達の家で遊んでから家に帰るか、公園で遊んでいた。家でゲームをするときは大体一人だった。

 スーパーファミコンでゲームを独りでしていたとき、親に驚かれたことがある。「誰かと話しているものだと思った」と。割りと大きめの声で独り言をずーっと言いながらゲームをしていたらしい。自分はそれに気づかずにずっとやっていた。なんだかとても恥ずかしく情けないことをやっていたのではと感じたことしていたと、その場面を今でも思い出す。

 僕は音楽を聞くことで枷をした。音楽を聞いている間はその音楽に集中するか、音楽を聞きながらやっていることに集中できるからだ。そのときに口にするものは歌詞だけだ。音痴じゃなくて良かった。もしも、音楽に興味がなければ今でもずっと独り言をボヤいていたかもしれない。いや、独り言はこうしてブログの記事となって昇華している。そして、誰かと話しているものだと勘違いしている僕が、決して芥川賞を取ることのできないそれを海に放流しているのだ。