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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

記憶のトンネルが抜けられず脂肪

 

先日、フラッと(ふらっと、フラっと、フラッとどれも違う感覚だ)入った本屋さんでいつも購入している漫画を見かけた。月曜日集英社、水曜日は講談社を読んでいるとはいえ、僕は度々読みたいと思った漫画は家に飾ってたまに読み返すようにしている。いつも本屋に寄れば平積みを見て「あっ、新刊出たんだーやったー買おう」ってなったり「新刊出たかな?いや、これは前買ったな」などと一喜一憂できたものだけれど、今回ばかりは違った。

 

「お、漫画出てんじゃーん…あれ?これ買ったっけ?発行日いつ?ん?お?」

これは初めての体験だった。モヤモヤぁっとした。脳みそにイイとか言われてるアハ体験を、ジグソーパズルのピースがはまる云々を求めているのが経験則から判ったが年齢的にもうダメなのか茂木健一郎を理不尽にも憎んだ。

購読しているものが二冊あって、一冊は5/7発行だったので買ってないのを確信して買ったけれど、もう一冊は4月中頃発行だったので判断できなかった。判断の早い人間だと、その判断が正しい人間だと言われていた僕には落第の印が額に押された瞬間だった。おそらく単行本だけでなく週刊でも追って読んでいるからだろうとは思うのだけれど、なんちゅうても辛かった。

 

今までは同じ漫画や文庫をダブって買ってしまう人を正直言ってバカにしていた節があったのだけれど、もう自分もそんなことできないなと。この不安な気持ちを共有してしまったなと。申し訳ないなと。昨日の夜のご飯も一昨日も、一週間くらいなら時系列になぞれば思い出せるけれど、申し訳ないなと。全人類に申し訳ないなと。

 

家に帰って、買った漫画を読みながらも何故自分は買ったかどうか判断できなかったのだと自問自答していたのだが、おそらく毎日がルーティンに入ったからだろうと結論づけた。テリーとドリーのように毎日同じことの繰り返しで~ってわけじゃないんだけど、毎日おもしろいことをやっているのだけど、日常と非日常が逆転してしまったなとそう思った。

 

仕事している自分が日常で、仕事していない自分が非日常になってしまった。寂しいことではあるけれど、これが大人になるってことなのか、年下に説教することだけが大人になるってことじゃないんだな。お腹だけじゃなくて背中もつまめるようになったなとか、凹んでる場合じゃないのかもしれない。