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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

やらねばならぬことはやらねばならぬ

オムニバス 雑記

 

宣伝しても全くメリットはないけれど、僕の先輩がブログ初めたそうです。劇団かもめマシーンで劇作、演出しているので面白いはず。

http://hgwryt.hatenablog.com/

 

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 自分にはひとつの致命的な癖があることを知っている。それは、「足跡を辿ることでその人に近づけるのではないかという幻想」のことだ。大学3年生の春休み、皆が就職活動に精を出す中、僕はアメリカに旅行に行った。他人から見れば、自分探しの旅というこれまた幻想に見えたのかもしれないが、5年経った今省みても、別の幻想に囚われた学生らしい行動だったなぁと感心する。

 僕の大好きな写真家であるウィリアム・エグルストンが故郷、テネシー州のメンフィスに赴いたのだが、彼のデモクラティック・フォレストを見て、僕もここの風景を撮りたいと発起して、身体の動くままに飛行機のチケットを取り、向かった。もちろんそれは、スラムダンクの矢沢がアメリカの空気を吸うだけでバスケットボールがうまくなると思っていたのと全く同じように、(いや、空想の人物ではあるが彼はもっと真剣だったと思うが)アメリカの空気を吸うだけで何かが変わる、なんてありえないよと口では言いつつ、心の底ではそうであって欲しい願っていたと思う。

 今でもあまり変わらないその悪しき癖を無くすために、足跡を辿られる側にならなければいけないと、やっとこさ重い腰をあげようかと準備運動を今している。

 

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 先日、ダンスを見に行った。ダンスと言ってもヒップホップやポールを使ったものではなくて、コンテンポラリーダンスだ。端的に言えば全く何を分からなかった。多少の解説があったものの、言葉で分かるものをダンスという表現に落とし込んだときに”ああなる”ことは僕には全く理解できなかった。

 しかし、収穫はあった。まったくあさっての方向からだったけれど。

 会場の音響は素晴らしかったのだが、その中で「ハエの飛び交う音」が聞こえた。聞かされたという方が正しいだろうが、それは聞こえてきた。その時に、感じたことが「臭い」だった。実際には臭くないのだけれど、これは「臭い音」なんだと認知した。これに気付いた時、ハッとしてつばを飲んだのも覚えている。これは確実に演出で、さすがに異臭を舞台から振りまくことができないから、きっとそうしたのだろうと解釈した。とある感覚器官で感じられるものを別の感覚器官で代替”された”。

 

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照明が暗く、白熱灯がぼんやり焚かれているお店を次の日に思い返すと、光景をあまり覚えていなくて夢世界のような感覚になる。欧米は蛍光灯をあまり使わないと聞いたことがあるけれど、さすれば、毎日が夢見心地で過ごせるのだろうか。