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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

ニュースとブログの違い

 

 日々ブログを書こうとしています。別段、強制的な力が働いているわけじゃないんで、毎日は書かないこともある。いつも「あー今日はどんなテーマで書こうかなー」って口をぼんやり空けてる姿を思い出してみると、だいたいは現実世界であった不満とか出来事を「よく考えてみたらこういうことだよなー」とか他のブログ見て「こういう視点あったのかー書いとこ」とか口ずさみながら書いてるっぽい。あ、さっき口を開けてながらとか言ってたから口ずさんでないかも。

 

 ブログはよく見る。前に書いたとおり、人のブログは面白い。新聞やウェブニュースに書いてある文章よりもずっと面白い。どれだけ間違っていようが、穿った見方をしてようが面白い。こういう考え方があるっていうだけで刺激されて自分だったらこう考えるなーって感じで筆が進む。漬物があったらご飯が進むみたいな感覚。どれだけしょっぱくてもご飯イケる感じ。歯ごたえあればご飯イケる感じ。美味しい。

 

 ニュースもまぁ見る。はてブとかにエントリーされてるのとか、Yahoo!トピックスに出てるのとか見ます。でも、刺激されないんですよね。なんというか、世に言う「芋の天ぷら」ですよ。ご飯に合わないらしいですね、僕は大好きですけど。こう考えるなーって考えが脳みそさんにインプットされてないんじゃないですかね。こんな事実がありましたよーってのを淡々と受け入れて読んでるって感じ。点滴を受けてる感じ?いや、正確じゃない。

 

 

 なんでだろ、ニュースって淡々と見るものってのが頭のなかに染み付いている感じするんですよね。コレまでの洗脳教育の成果というか、ゆとり世代の賜物といいますか。その点ブログなんてものは中学高校の時に流行ったものだから、あ、アレですよ、侍魂みたいなテキストサイトを読む感覚と似てる。いかにシリアスなことを書いていても、自分が考えを挟むような余地がある。それは間違っていたり、右往左往していたりするからなんじゃないか。

 でも、ニュースって無いんだよね、隙間があんまりないというか。入り込む隙間を見つける素地が自分にないっていうか。うーん、それって本当はよくないことなんだろうなーって思うんだけど、それを他人のブログを見て補ってる。ニュースを見て、自分の考えを書くブログを見て、やっぱり俺はこう思うんだよねーってな感じ。他人のふんどしを絡めとる感じ。そんな感じ。

 ホントは手を出せればいいなぁとも思う。