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マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

タイトルの付け方

 

 

 僕は普段、定期的にwebに上げているものとして、このブログともう一つFlickrhttp://www.flickr.com/photos/fujii_takashi_/)に上げている写真がある。なんかダラダラと書きたい気分が抜けてきたので、簡単に僕のメモ書きの写しみたいな感じに成るかもしれません。

 

 ブログと写真ではタイトルの付け方が違うことを皆さんは知っているだろうか。あ、いや、そのー一般的なものではなく、ある意味個人の感想というか、用法用量を守って正しくお使いくださいというか、端的に言えば、これは僕ならではかもしれないという話です。

 

 文章と写真は違いますよね。そんなの言われなくても分かってラァ!って思うんですけど、大事な要素として、文章は読み込まなければ世界が分からないということがあります。対照的に、写真は見ただけで分かった気になってしまうということがあります。実はコレはWeb制作に携わっていれば容易にわかることですがコレはまた別の話。

 

 ココからの話は簡単で、文章には内容が分かりやすく期待をもたせるタイトルを付けることが導入になり、写真はそこには無いものを綴ることで導入になります。文章は読み込むまでに時間が掛かるので、タイトルでフックを掛ける必要があります。そのタイトルには嘘が書いてあってもいいです。いわゆる釣りタイトルってやつですが、ただ、釣りタイトルにするには本文がそれを裏切るようなクオリティを持っていないと真価が発揮されません。短ければ短いほど文字は力を持つと思います。力を持つというのは、想像力の膨らみが爆発的になるということです。

 

 写真はどうでしょうか。ぶっちゃけ、僕も写真を数年しかやってない”ので”なのか、”から”なのか

は分かりませんが、写真の見方なんてものは分かりません。多分、あれに見方なんてものは無いと思います。文章は文字数に依って、読む時間は変わります。長ければ長いほどそれを読む時間は増えます。しかし、写真はサイズが大きければ大きいほど見られるかといえばそうではないと思います。街頭広告というのは、2秒しか人は見てくれないと言われています。写真もそれと同じです。だから、タイトルで引き止める必要があります。

 写真や絵画は最悪”無題”なんてタイトルすらあります。文章や文庫本で”無題”なんてタイトルが付いていたら見ない可能性ありますよね。僕も”UNTITLED”とかたまにやります。あれは、特にタイトルが思いつかなかったわけではなくて、「そこには題を付けるものが無いので満遍なく、好きに見てくれ」「題をつけるとダサいかも」って意味を込めて僕はつけています。他の人は知りません。他には「不自由のある世界」(今勝手に作りました)のような変なタイトルもあります。そのタイトルを見てから写真を見ると観覧者は「どこにそのタイトルの意味があるのだろう」と勘ぐりながら見ます。これは間違いないです。人々は、意味を求めて写真を見ます。しかし、実際にその意味があるかどうかは分からないし、シャッターを切った瞬間にそれを考えたかどうかは分からないし、実際後付け設定の方が多いと思います。ただ、そうすることで、その観覧者がちょっとでも写真を長く見てくれて、好きになってくれればそれでタイトルはその意味を全う出来るのではないかなと思います。

 

 この意味を求める行為を嫌う人もたくさんいます。だから、ちょっと戻って逆に無題なんて付ける人がいます。ここまで書いててなんですけど、うーん、タイトルって付けるの面倒ですよね。そこが好きな時もたまにはあるんですけどね。

 

 文章は、人を引き寄せるためのタイトルを。

 写真は、人を滞留させるためのタイトルを。

 

 

 僕はそんな風に思います。