マレーグマの頭のなか

文章を 書くだけなら タダ

飽きた

飽きた 完

 

というのはいいや。

経験が無いことに関しては、自分の都合のいいようにしか考えないし、分かろうとしない。

「彼女欲しい」という言葉について後輩と話していた文脈での一つの結論。

彼女を得ることを目的にしている人の意味がわからないということを発端にして話が盛り上がる。

俺からしてみれば、彼女を得るというか彼女という状態として女性と居ることって、その女性と長く居たいとか一緒にデートしたいとか乳揉みたいとかセックスしたいとかそういう目的があって、そのための手段だと思っているのです。別にセックスとかは彼女状態じゃなくても出来るけど、なるべくならば付き合うという儀式を経てからセックスしたいじゃないですか、めんどくさくないし。

「彼女欲しい」という人は、目的が彼女欲しいであって、なんとなく違和感があります。

それは、主人公になりたいという違和感。

自分の力で勝ち取るのではなく、与えられるものとして彼女が欲しい。努力は面倒だけど、主人公になりたい。

主人公といえども、主人公そのものではなく、プレイヤーとしての主人公になりたいのではないか。

好きな人がいる状態での先の言葉と、彼女がいる状態に憧れている場合での先の言葉では発言の意図が変わってくる。しかし、後者からしか「彼女欲しい」という不思議な言葉は聞こえない。恋愛社会に染まらない人間が、染まりたくて仕方ないという矛盾した状態。染まりたくて仕方ないというのは、「主人公になりたい」に似ていて、物語の主人公には使命があるのに、主人公になりたいという使命なきプレイヤーがそこにいる。

 

とちゅうからですます調が勢い余って調子づいたけど直すのめんどいし、支離滅裂だから死ぬ。